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日本低侵襲脊椎外科学会JASMISS (Japanese Society of Minimally Invasive Spine Surgery) 創立の経緯
(旧称:日本内視鏡低侵襲脊椎外科学会(JESMISS))
発起人代表   出沢 明
 
Primum nil nocere' (侵襲を最小限にする) という考えはHippocrates の時代より外科分野での永遠のテーマであった。しかし近年の光学技術の進歩と周辺機器の開発により内視鏡を中心にした低侵襲切開手技によるヘルニア摘出術の進歩には目をみはるものがある。皮膚切開のみでなくアプローチ起因障害(approach related morbidity)を最小限にして神経根に対する影響を可及的に少なくして、早期の社会復帰をめざす気運が高まった。1991年にObenchaine の腰椎前方固定術が開始されて1993年のSICOTでは腹腔鏡視下前方固定術のコースがはじまり低侵襲手術手技のビデオを見て昂奮をおぼえた方が多かったと思う。1995年に5月に後腹膜鏡視下神経根腫瘍摘出術が6月にL5/S1の腹腔鏡視下椎体前方固定術がはじまりにわかに内視鏡下に脊椎にアプローチする試みが始まった。1996年に後方よりヘルニア摘出術が始まり1998年9月には米国で開発されたMEDのシステムが薬事承認がなされた。しかし学会で保険収載されていない現実の問題を指摘され、その度に公に認められた診療体制の構築が急務であると痛感した。脊椎を360°からアプローチしようとするハード面の整備が整いつつあった。そこで以上の教育、保険収載、経済的なカバーの3点の問題解決のため、1998年に日本脊椎内視鏡研究会をたちあげた。その構成は3名の内視鏡外科と脳神経外科1名と整形外科脊椎外科医9名の発起人により精力的な活動が始まった。当初は富士宮のトレーニングセンターを使い第1回の研究会をトレーニングと併設して私どもの医局で施行した。腹腔鏡視下前方固定術でSachs先生をSmith先生にはMEDを実演していただきlive surgeryの中継をおこなった。術中に総腸骨動脈損傷による実演には記憶に新しい先生がおられると思う。そして1999年に日本脊椎内視鏡低侵襲外科学会と名称を変え今日に至っている。土方先生らによる経皮的髄核摘出術(PN:Percutaneous Nucleotomy)から発展したPN研究会が1997年に活動を停止したことも要因となった。しかしながらその当時からKambin らによりPNを発展させて内視鏡下にヘルニアを摘出しようとする試みが始まっていたのである。また2001年にはPacific Asian Society of Minimally Invasive Spine Surgery(PASMISS)が設立されて日本、韓国、台湾を中心とした内視鏡低侵襲手術手技が国際学会として飛躍するきっかけとなった。その組織ずくりもJESMISSのメンバーが中心となってはじまったのである。

教育研修システムの構築
内視鏡手技が開始された当時は深刻な合併症が報告されしかも安全性と有効性についてのevidenceが乏しかった。そこで、安全な手技の構築に暗中模索する中, 福島、静岡、八王子の3か所での豚を用いたトレーニングを年2-3回開始した。当時は内視鏡手技の斬新さにひかれ多くの方に参加いただいた。外科分野の手技に後押しされた形で我が国では切開した前方固定の医局がすくないにもかかわらず内視鏡前方固定が一部の施設では積極的に導入がはかられたのである。最初の頃は関心が高く募集をすると即日に満席となり、講習会は年間2回することが余儀なくされたのである。従って豚を用いたトレーニングへの参加者ものべ1000人を超えた。しかしながらその手技が高度で相当の経験を積まないとすぐには導入が困難であった。また経済的な問題で豚を用いた講習会の継続が危うくなった。そこで本学会から日本整形外科学会に移行して順調に成熟していると思う。また併せてこの内視鏡技術の安全性を高める爲に安全委員会が組織され長谷川徹先生を中心に全国的なインシデントの調査報告がなされたシステムは日本整形外科学会に移行しても続き現在は松本守雄先生を中心に施行されている。

保険収載の経緯
保険収載の道のりは険しく何度かの厚生労働省への陳情も効果がすぐには現われなかった。内視鏡椎間板ヘルニア摘出術が2004年10月28日高度先進医療の新たな対象として11項目の1つとして認可されたことを日本経済新聞に掲載された。高度先進医療の申請をしないことで足並みを揃えていた本学会は緊急の幹事会を開催した。度重なる厚労省への働きにより医療技術評価分科会で検討され2005年5月疑義解釈でとりあえず認可されたのである。高度先進医療の却下と迅速な保険収載が当時としては異例であった。そして2006年4月正式に内視鏡椎間板切除(前方、後方,側方アプローチ)、椎弓切除術、内視鏡下脊椎固定術(胸椎、腰椎)が正式に認可される運びとなった。この申請にあたりご尽力を賜った慶応大学の戸山教授、医科歯科大学四宮教授にはこの場をかりて深謝いたします。ただ残念なことに現在からみると厳しすぎる施設基準(0306003)が併設されたことにより(施設に20症例以上の実施が義務ずけられている)本年度のように内視鏡手技の保険点数の差別化がはかられて大きな問題が露呈されていることは否めない。この問題にも学会として強く厚労省に働きかけていく必要がある。

技術認定制度発足の経緯
外科の技術を未編集ビデオをみて数人の審査員が判定して医師の技術を非常に高いレベル評価しようとするシステムの検討が3年程の論議のすえに日本整形外科学会で行われることとなった。その経緯は当初は日本内視鏡外科学会がこのシステムの検討を日本関節鏡学会に委託された。当時担当理事であった私と奥津先生で案を作成し北海道であった両学会の合同の学術集会で検討された。2002年の脊椎脊髄病学会の理事会でも検討頂いて日本整形外科学会で御願いすることとなった。さらに2002年11月8日に発生した青戸事件で社会の内視鏡に対する目が一層激しくなり認定制度の制定が加速した。日本整形外科学会での委員会で最終案作成し総会で認めて頂き本制度が2004年より発足したのである。2004年は30人受験して24人合格し合格率は80%であったものが最近は53-45%前後という厳しい合格ラインとなっている。2009年末現在、これまでに前方手技は8人後方手技は81人の先生が技術認定を取得されて全国で活躍されている。内視鏡椎間板ヘルニア摘出術のガイドラインも作成されてその手技も標準化されつつあると思う。

早くから全国的組織で内視鏡手技のトレーニングシステムと保険収載の運動に取り組んだ本会の設立は有意義であったと確信している。
すでに本学会は次の世代に入りまた新たな手技への挑戦が始まった。脊椎脊髄病学会の統合雑誌に参加するにあたり過去十数年の紆余曲折した内視鏡低侵襲手技を検証することにより一層飛躍することであろう。

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